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2008年12月21日 (日)

髪塚碑

さいたま市見沼区大和田町1丁目小林家の分家の墓地に髪塚碑がある。
今はこの家は絶えてしまったが、見沼田圃を見下ろす地に墓地がのこさ
れている。その中にこの髪塚碑がある。

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   不肖安儀之父曰小林一甫安儀其
   第四子初志于醫弱冠遊于江都受
   業鹽陳菴先生文政十年丁亥四月(1827)
   為上田醫員伊藤氏嗣是歳五月先
 髪 子小林君嬰病卒不肖何堪慟哭仍
   幸有母存焉足以慰哀慕之情已其
   後天保二年己丑七月廿八日吾母(1831)
   亦嬰病卒嗟夫生也既缺膝下色養
 冢 病也又不得日待湯藥哀嘆何可言
   先是不肖従俗圓其頂矣遂以其髪
   埋之於先兆之側聊寓侍養之意庶
   乎足以慰先考先妣之靈云弘化五
   年歳在戊申春三月      (1848)
       上田 伊藤安儀自記

*小林一甫四男伊藤安儀が自分の髪を埋めた髪塚の碑
*鹽陳菴=塩田陳庵、明和四年(1767)生まれ。
 江戸で名医として名高かった。
*天保二己丑となっているが、天保二年は辛卯、己丑
 は文政十二年。

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2008年12月17日 (水)

馬頭観音

あの像は何だと聞かれたので出かけてみた。
南中野の十王尊の前の道を少し行って大谷に入ってすぐの所にあった。
すっかり摩滅・剥離し、文字も見えず、よくはわからないが、馬頭観音のように思えた。
裏の家で聞いたら馬頭観音と伝えられているとのこと。垣根を直す時に土を盛り上げて高くしたという。かつては道路の反対側にもあったという。

馬頭観音 さいたま市見沼区大谷119

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地蔵菩薩立像

大宮の教育史調査概報Ⅱ『大宮の石造物(1)-東部地域編-』の大和田村のところに、「安永9(1780) 地蔵 路傍 川本」と載っている。どこにあるのか分からなかったが、偶然見つかった。シダックスの裏側で、なんだこんなところにあったのか、というような今まで見つけられなかったのが不思議というようなところにあった。川本という字にとらわれていたためだろう。

地蔵菩薩立像 さいたま市見沼区大和田町1-1492-2河本氏宅裏

(基礎正面) 安永九庚子天(1780)
       春芳容顔禅定尼
        三月十五日

(基礎左面) 川本
           はる

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      禅定の下の字は尼の異体字

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