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2007年6月 2日 (土)

金剛寺境内熊野・稲荷社石灯篭追記

さいたま市北区宮原町の、金剛寺境内熊野・稲荷社石灯篭について前々回記したが、これに追記する。

安政2年(1855年)には江戸大地震があり、翌安政3年(1856年)には大風雨(おそらく台風)があった。大宮近辺でもかなり被害がでた。
向って左側の灯籠はこの時崩壊して安政5年(1858年)に再建したものかもしれない。
基礎と竿の石質が違うように思われるので、基礎は竿に記されている安政5年ではなく、天保5年のものという可能性もなくはない。それによっては瞽女いのの活動年代に大きな差がでてくる。

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コメント

 長年かけて東国の図像板碑(鎌倉〜室町)の悉皆調査を1人でやっています。目下はさいたま市を採訪しています。プログでは目下は福島県を取り上げていますが、埼玉県の調査の折にはそれを折り込んでいます。先月末にもさいたま市を採訪したので近い内にこれらの概要を取り上げる予定です。今までに県北西部(比企・児玉・大里・秩父)は終了しました。プログを一度ご覧下されば幸いです。今までに600基の内520基は採訪しました。

投稿: akisinogawa | 2007年6月 2日 (土) 18時55分

目下、5月末に実査したさいたま市見沼区の図像板碑を取り上げています。ご覧頂ければ幸いです。

投稿: akisinogawa | 2007年6月 9日 (土) 21時05分

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