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2007年5月28日 (月)

金剛寺境内熊野・稲荷社石灯篭

前回紹介した、瞽女名が刻された石灯篭がある熊野・稲荷合社は真言宗金剛寺の境内にある。金剛寺の鎮守であったといい、神仏習合時代の名残を今に留めている。
「金剛寺だより」平成19年3月15日号によると、熊野十二社大権現は文化4年(1807年)に勧請、稲荷大明神は天保5年(1834年)に勧請したという。前年天保4年は大飢饉で、穀物・農業の神でもある稲荷を祀ることで安心を得たかったのかもしれないとある。瞽女名が刻されている灯篭と対になっている、向かって右側の灯籠はその天保5年9月に建立されたものであり、まさにいろいろな想いが詰まった灯籠なのであろう。

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2007年5月25日 (金)

瞽女

大宮郷土史研究会例会で、小越昭良会員が「瞽女について」と題し、さいたま市北区宮原町で瞽女宿となっていた家を訪ねたこと、テープに収めた瞽女歌などを披露する予定。聴講自由です。

 日時:6月2日(土)13:30~15:30

 場所:大宮区役所多目的室(向って左側からお入りください)

また、東京東松原のブローダーハウスで、12月14・15・16日に最後の瞽女といわれた小林ハルさんの直弟子萱森直子さんの公演があります。東京近辺では本物の瞽女唄を聞く機会はめったにありません。詳しくは下記をご覧下さい。

http://blog-eda.net/gozeuta/

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さいたま市北区宮原町の瞽女資料

さいたま市北区宮原町に、「瞽女いの」の名を刻した石造物が2つある。両者の距離は約150m程である。瞽女いのがどのような人物であったのかは不明である。

1 さいたま市北区宮原町1丁目542番地辺

 中島弁天社

  板状石造物(長さ約95㎝、幅34.5㎝、厚さ12.5㎝)

  の側面に刻字。他の面は荒削り。用途不明

   嘉永五子三月 世 大谷茂左エ門 願主瞽女いの 組下三拾壹人

          話 同 喜平治         上州佐位郡

    下鴨宮村中 人 同 吉右エ門 横曽根村くみ  淵名村なつ

  *嘉永五年は1852年

   下鴨宮村=下加茂宮村、現さいたま市北区宮原町の一部

   横曽根村=現川口市の一部。一部は東京都北区浮間となった。

   上州佐位郡淵名村=現群馬県佐波郡境町の一部

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2 さいたま市北区宮原1丁目657 真言宗金剛寺境内

 熊野社

  左石灯籠(左右は社殿に向っての意)

  (竿正面)

    熊野十二社大権現

    稲荷大明神

  (竿裏面)

    安政五午年八月吉日(1858年)

  (基礎正面)

    氏子中

  (基礎右側面)

    金剛寺

     教明

    一金二朱

     瞽女いの

    一金一朱

     嶌村竹次良

  右石灯籠(左右は社殿に向っての意)

  (竿正面)

    熊野十二社大権現

    稲荷大明神

  (竿裏面)

    天保五甲午九月吉日(1834年)

  (基礎正面)

    大谷弥右エ門

    同 友右エ門

    同 幸左エ門

    同 周吉

    同 喜代治良

    同 平藏

    礒部儀右エ門

    大谷佐五右エ門

    嶋村清左エ門

    大谷繁藏

    同 栄藏

    同 源五郎

    同 源藏

  (基礎左側面)

    同 ちよ

  *左右灯籠は文様も同じであり、一対として建立されたものである。

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2007年5月 1日 (火)

浄職院か城職院か

土呂村(さいたま市北区土呂町)に浄職院という寺があった。新編武蔵風土記稿には、「水光山神前寺と号す。新義真言宗、植田谷村林光寺末、阿弥陀を安す、」とある。明治5年に廃寺となり、現在は阿弥陀堂と墓地が残っている。阿弥陀堂には浄職院の本尊であった阿弥陀如来像が安置されている。墓地には旧土呂村の旧家の墓地が集中しており、土呂の歴史を知るには大事なところである。

新編武蔵風土記稿や武蔵国郡村誌には「浄職院」とあり、一般的はこの字を使っているが、この墓地内にある石造物は全て「城職院」となっている。
①宝暦13年(1763)の六地藏
②享和元年(1801)の「當寺住権大僧都法印義廣不生位」という墓石
そして
③昭和47年2月建立の「為城職院先師尊霊」とある線香入れ
である。

さてこれをどう考えるべきか。

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