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2007年4月 5日 (木)

石橋供養塔 2

前回石橋供養塔について記載したところ、須田周一氏「足立埼玉新四国八十八ヶ所札所」(『大宮の郷土史第11号』所収)の七十八番永光山浄職院の項に、「市営球場の東側を流れる芝川の橋のたもとに、二基の石橋供養塔が建っている。見沼開拓後、大宮宿に伝馬助郷を割り当てられた近郷諸村の住人は、大宮宿へ行くのに上尾境を通り、見沼を遠回りしなければならなかった。安永六年(一七七七)同院住職了円が、諸村を説いて石橋をかけた供養塔である。」と書いてあると指摘を受けた。

早速出かけていって再度調べてみた。了円の文字はどこにも見えなかったが、正面の「石橋供養塔」の「塔」の字のすぐ右下に前回は見落としていたが、「土」の字が書いてあった。その下はコンクリートで固められていてみえないが、「土呂村願主了圓」などと書いてあったのかもしれない。

ご教示感謝する。
なお、土呂地蔵堂前にある安永九年二月の西国坂東秩父巡拝塔に、土呂村願主了圓とある。

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