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2006年9月 4日 (月)

見沼代用水

9月3日、古文書仲間6人で、見沼代用水取水口から、井沢弥惣兵衛為永銅像のある見沼自然公園まで見沼代用水関連の主な所を車で訪ねました。


 東大宮駅   出発 9:00

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 行田市下中条 利根川元圦

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 行田市小見  星川と合流

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 騎西町外田ケ谷 騎西領用水路分水

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 菖蒲町菖蒲  中島用水分水(笠原・黒沼用水)

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 菖蒲町上大崎 星川と分離(十六間堰、八間堰)

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 白岡町柴山  元荒川伏越

        常福寺(井沢弥惣兵衛為永墓地)

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 上尾市瓦葺  綾瀬川掛渡井(現在は伏越)

        西縁と東縁に分流

   

 見沼区東大宮 砂村分水取水口

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 浦和区大原  天沼ポンプ場

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 大宮区大原  高沼用水分水

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 緑区南部領辻 締切橋-加田屋新田分水

        見沼自然公園-井沢弥惣兵衛為永銅像

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 見沼区片柳  万年寺(井沢弥惣兵衛為永顕彰碑)

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 大宮駅    解散 16:30


  060903004w  利根大堰からの見沼代用水取水口


  060903006w  060903_005


   騎西領用水分水  各地でこのように分水してゆく。


  060903027w  加田屋川の上を樋で通し、西側の田

             に水を送る。

  060903025w  加田屋新田


  060903024w_1  見沼代用水の工事を指揮した

              井沢弥惣兵衛為永

享保改革の一環として生れた見沼代用水が、今も生きていることがよくわかりました。埼玉県東部・南部のほとんどの地域の水田はこの見沼代用水の恩恵をうけています。さらに、天沼ポンプ場から水道用水として荒川に導入され、それが東京都民、埼玉県民の水道用水にもなっています。このことはあまり知られていないようです。

見沼田圃と見沼代用水関連遺跡を守っていきたいとの思いを強くしました。

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