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2006年2月 3日 (金)

足立百不動尊第十番大宮 観音寺

足立百不動尊第十番大宮・観音寺の不動尊と伝えられる不動像が、さいたま市北区日進町2-1003満福寺にある。

大宮・氷川神社別当寺は、明治初年の廃仏毀釈により、破却を余儀なくされた。学頭観音寺住職隆山は、明治元年10月6日に日進・満福寺に退転した。この不動尊もこの時移されたものであろう。扁額もあり、間違いないと思われる。

腕が欠けるなど傷んでいたが、このほど修理がなされ、昔日の風によみがえった。同時に扁額も修理された。不動尊は高さ約44㎝、膝幅40㎝、扁額は長さ74.2㎝、幅37.3㎝、厚さ2.5㎝である。(略測)

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         (修理前)              (修理後)

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2006年2月 1日 (水)

六一庚申塔

上尾市平方(ひらかた)の八枝神社裏道のところに、「奉建六一庚申塔」と刻された庚申塔が建っています。「享保十八癸丑天三月十五日」とあります。享保18年には閏月はないので、この年は、6-1=5の、いわゆる五庚申の年と思われます。

五庚申については、浜垣誠司氏の「宮澤賢治の詩の世界」という驚くべきブログの中で、宮澤賢治の「歳に七度はた五つ、庚の申を重ぬれば、稔らぬ秋を恐みて、…」、あるいは、「鞠をかゝげた二本杉 七庚申の石の塚 …」の詩、また「雨ニモマケズ手帳」にある「七庚申」「五庚申」と色鉛筆で書かれた字をあげ、賢治が七庚申、五庚申の年は凶作になるという庚申信仰に強い関心を持っていたことを指摘されています。http://www.ihatov.cc/monument/046_.htm

平方の六一庚申塔はどんな願いを持って建てられたのでしょうか。

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